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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)6064号 判決 1987年11月30日

原告 株式会社 オシヤン

右代表者代表取締役 ジェラルド・ミュリエ・マティアス

右訴訟代理人弁護士 阪本紀康

被告 宇徳運輸株式会社

右代表者代表取締役 本庄三之

右訴訟代理人弁護士 阿部三夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一億四四五八万四三〇六円及び内金一億三一四四万〇二七九円に対しては昭和五九年五月一九日から、内金一三一四万四〇二七円に対しては昭和六〇年六月一八日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五九年四月ころ、訴外株式会社ラ・バステューユを介して、日本の輸出業者であるフレックス工販株式会社(以下「フレックス工販」という。)から販売用にT・D・K社製VHS、E一八〇型ビデオカセットテープ(以下「本件ビデオカセットテープ」という。)一〇万本を単価三九・六二フランスフラン、総額三九六万二〇〇〇フランスフランで輸入することとしたが、右取引の決済条件は、右バステューユ社を受益者とし、船積期間を同年四月二八日、有効期限を同年五月一五日とする取消不能及び譲渡可能信用状(以下「本件信用状」という。)を開設することであり、原告は、同年四月五日、取引銀行であるフランス国ルベ市所在のソシエテ・ジェネラル銀行に対して、右条件に合致する信用状の開設を依頼し、同行によって右信用状の開設を得て、右信用状は通知銀行でありフレックス工販の取引銀行である東京銀行浅草支店に送付された。

2  フレックス工販は、商品の通関及び船積手続の一切を被告に依頼し、同年四月二三日、商品が関係書類とともに被告の倉庫に搬入されたが、当該商品は、本件ビデオカセットテープではなく、ビデオカセットテープの空箱一〇万個にすぎなかった。したがって、保管手続及び通関手続も、すべてビデオカセットテープではなくビデオカセットテープの空箱として処理された。

3  しかるに、その後、後述の経緯で、品名をビデオカセットテープと記載した船荷証券その他の書類がフレックス工販によって東京銀行浅草支店に持ち込まれ、右各書類の記載が商品をビデオカセットテープと指定する本件信用状の内容と合致したため、同銀行において決済され、次いで同年五月一八日、ソシエテ・ジェネラル銀行によって原告の取引口座から本件信用状決済の金額三九六万二〇〇〇フランスフランがその他の費用とともに引き落とされたうえ、東京銀行浅草支店に送付され、銀行間において決済されたが、その後、原告が積揚港で入手したものは、輸入しようとした本件ビデオカセットテープではなく、ビデオカセットテープの空箱にすぎなかった。

4  被告の責任

本件は、フレックス工販の代表取締役訴外植村貞利(以下「植村」という。)とその友人訴外青柳広和(以下「青柳」という。)らが、信用状の条件に記載上合致した書類を準備すれば銀行決済が得られるという信用状取引を利用して、本件ビデオカセットテープ一〇万本の代金を騙取することを企て、実貨物のビデオカセットテープの空箱、すなわちカートンボックスとして通関手続を了した後、銀行決済に先立って本件信用状の条件に合致するよう書類の品名等を偽造、改ざんすることにより目的を達した詐欺事件であるが、被告会社の使用人訴外田中義久(以下「田中」という。)は、被告会社の職務を行うに際し、以下のとおりの過失により、右植村らの詐欺行為に加担した。

(一) 青柳は、昭和五九年四月二三日、田中に対し、輸出報告書、商業送り状(インボイス)、包装明細書(パッキングリスト)及び船積依頼書(シッピングインストラクション)を提出し、通関手続を依頼したが、輸出報告書、商業送り状及び包装明細書各記載の品名が、いずれもカートンボックス、すなわちビデオカセットテープの空箱であったのであるから、田中は、荷送人であるフレックス工販の指示にもかかわらず、右輸出報告書、商業送り状及び包装明細書各記載の品名と船積依頼書記載の品名との齟齬を指摘し、納得できない場合には通関及び船積手続を拒否すべきであったのに、漫然とフレックス工販の指示どおり、同年四月二五日、船積依頼書の記載に従って品名をビデオカセットテープそのものと記載したドックレシートを作成した。

(二) また、田中は、同月二三日ころ、右輸出報告書の金額欄の記載に単位間に慣例上付されるはずのコンマがないことに加え、末尾に一文字分余白があることを発見し、このまま放置すれば後日右余白に数字が加えられるおそれがあることを予見し得たのであるから、直ちに植村らに右記載の不審をただすべきであったにもかかわらず、漫然と右記載のまま右輸出報告書を税関に提出した。

5  被告の不法行為と原告の損害との因果関係

(一) 本件信用状は、商業送り状、原産地証明書、保険証券、包装明細書、船荷証券、製造証明書等を決済条件として要求したが、この外に、輸出報告書が銀行決済に当たって信用状の条件に合致するか否かを審査する重要な書類であった。

ところで、このうち商業送り状、原産地証明書、保険証券、包装明細書及び製造証明書は、様式及び用紙ともに厳格ではなく、又は単に申告に基づき、形式的審査を受けるだけで発行される文書であることから、準備をするのにさしたる困難はないものの、船荷証券は、文書名義人である船会社固有の用紙が用いられるため、また、輸出報告書は、輸出申告手続の添付書類として荷送人によって作成されるものであるが、商品及び金額の点で税関の厳しい審査を受け、許可されたときには税関の許可印を押されて銀行決済用書類として再度荷送人に送付されるものであるため、その改ざんには困難が伴った。

(二) ドックレシートとは、船会社が荷送人から商品を受け取ったこと及びその際の貨物の状態を証する書面であるが、本件のようなコンテナ輸送においては、実務上、被告のような乙仲業者がいる限り、乙仲業者が作成するものであり、船会社においてコンテナの中味を自ら知り得ないコンテナ輸送にあっては、乙仲業者が作成するドックレシートをそのまま船荷証券とすることが実務の慣行となっている。

(三)(1) 田中は、前述したドックレシートを作成したことにより、船会社である訴外ベン・ライン・コンテナーズ・リミテッド(以下「ベンライン」という。)をして、その記載と同様のビデオカセットテープを品名とする船荷証券を作成せしめた。

(2) また、田中は、金額欄の数字の末尾に一文字分の余白のある前記輸出報告書をそのまま税関に提出したことにより、税関の輸出許可後、当初の予告どおり植村らによって右余白部分に本件信用状記載の金額に合致するよう0の数字を記入せしめる結果となった。

(3) すなわち、田中は、ドックレシートの作成、輸出報告書の審査において、職務上尽くすべき義務に違反した結果、植村らをして容易に本件信用状の条件に合致するような文書の改ざんをなさしめ、もって円貨代わり金を騙取させるとともに、各銀行間の信用状決済により、原告に後述の損害を加えた。

6  損害

原告の被った損害は、一億四四五八万四三〇六円であり、その明細は、以下のとおりである(括弧内は損害発生時におけるフランスフランを日本円に換算した金額である。)。

(一) 四七七万七九〇九・一二フランスフラン(一億三一四四万〇二七九円)

(1) 本件ビデオカセットテープ一〇万本 三九六万二〇〇〇フランスフラン

(2) 銀行への手数料等 一万五九〇九・一二フランスフラン

(3) 本件ビデオカセットテープの販売により見込み得た利益 八〇万フランスフラン

(二) 弁護士費用 一三一四万四〇二七円

原告は、本訴の提起及び追行を原告訴訟代理人阪本紀康に委任し、同人に対し、(一)の金額の一割に相当する一三一四万四〇二七円の支払を約束した。

よって、原告は、被告に対し、民法七一五条一項の使用者責任に基づき、一億四四五八万四三〇六円及びうち弁護士費用を除いた一億三一四四万〇二七九円に対しては不法行為の日の後である昭和五九年五月一九日から、うち弁護士費用である一三一四万四〇二七円に対しては不法行為の日の後である昭和六〇年六月一八日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

(請求原因に対する認否)

1 請求原因1の事実は知らない。

2 同2の事実は認める。なお、通関及び船積手続は、カートンボックスとして行われた。

3 同3の事実は知らない。

4 同4のうち、田中がフレックス工販の指示で船積依頼書記載のとおり品名をビデオカセットテープとするドックレシートを作成したこと及び田中がフレックス工販が作成した輸出報告書を添付書類の一つとして税関に提出したことは認めるが、その余は争う。

5(一) 同5(一)のうち、本件信用状が商業送り状、原産地証明書、保険証券、包装明細書、船荷証券及び製造証明書等を決済条件として要求したが、輸出報告書を要求していないこと及び輸出報告書が商品名及び金額の点で税関の厳しい点検を受け、許可されたときには税関の許可印を押されることは認める。

(二) 同5(二)及び(三)はいずれも争う。

6 同6は争う。

(被告の主張)

本件は、植村らが本件信用状に要求されている商業送り状その他の関係書類を巧妙に改ざんしたことによって発生したものであって、田中のした行為と原告の損害との間には相当因果関係がない。

1 ドックレシート及び輸出報告書は、いずれも本件信用状において決済条件として要求される書類ではない。

2(一)(1) 船会社が作成する船荷証券は、ドックレシートだけから作成されるものではなく、コンテナ積荷明細書や輸出許可書等の他の書類をもあわせ確認のうえ作成されるものである。

(2) 本件において、船荷証券作成者であるベンラインは、ドックレシートと一連となった用紙で船荷証券を作成してはいないから、ドックレシートと船荷証券の結びつきは一層弱いうえ、ベンラインは、荷送人であるフレックス工販からビデオカセットテープの空箱として船積みの予約を受け、また、船荷証券の作成に当たり田中に貨物の中味を問いあわせるなどして、本件商品がビデオカセットテープの空箱であることを承知しており、それゆえに運賃もビデオカセットテープの運賃ではなく、ビデオカセットテープの空箱としての運賃を受領しているところである。

(二) 輸出報告書は、荷送人により作成され、税関においては主に品名と金額欄を中心に各事項が正確かつ矛盾なく記載されているかの審査を受けるが、植村らは、右輸出報告書記載の金額だけではなく、品名についても改ざんを行っているのであって、フレックス工販が作成した輸出報告書を単に添付書類の一つとして税関に提出したにすぎない被告には、何らの責任もない。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和五九年四月ころ、ベルギー国所在のバステューユ社を介して、フレックス工販からビデオカセットテープ一〇万本を輸入することとしたが、右取引の条件は、右バステューユ社を受益者とする左記内容の取消不能及び譲渡可能信用状を開設することであり、原告は、同月五日、取引銀行であるフランス国所在のソシエテ・ジェネラル銀行に対して右条件に合致する信用状の開設を依頼し、同行によって右信用状の開設を得て、同月一八日、通知銀行でありフレックス社の取引銀行である東京銀行浅草支店に送付され、同月二〇日ころ、フレックス工販に渡された(商業送り状、原産地証明書、保険証券、包装明細書、船荷証券及び製造証明書が本件信用状決済の条件として要求されたことは当事者間に争いがない。)。

(一)  有効期限 昭和五九年五月一五日

(二)  船積期限 同年四月二八日

(三)  最高限度額 三九六万二〇〇〇フランスフラン

(四)  商品 T・D・K社製スタンダードタイプ、単価三九・六二フランスフランのVHS、E一八〇型ビデオカセットテープ一〇万本

(五)  次の書類が引き渡されないと実行には移されない。

(1) 商業送り状

(2) 原産地証明書

(3) 保険証券

(4) 包装明細書

(5) 船荷証券

(6) 製造証明書

2  ところで、フレックス工販の代表取締役である植村、その友人である青柳らは、当初から右ビデオカセットテープ一〇万本を輸出する意思は全くなく、共謀のうえ、ビデオカセットテープ一〇万本の輸出代金の取立名下に右金員を騙取することを企てたものであるが、同人らは、実際には、ビデオカセットテープの空箱を輸出することとし、ビデオカセットテープとその空箱では重量に相当の違いがあるため、通関手続は、実貨物のビデオカセットテープの空箱、つまりカートンボックスの品名でするが、ただ、それでは本件信用状の条件に反し決済がなされず、目的を達することができないことから、東京銀行浅草支店に前述した本件信用状決済に必要な書類を提出するに先立って、同各書類を本件信用状の条件に合致するよう品名その他を改ざんする方法を選択した。

3  そこで、青柳は、同年四月二一日ころ、輸出報告書、商業送り状、包装明細書及び船積依頼書を作成した。

青柳は、輸出報告書の作成に当たり、カートンボックスとして通関するのに金額欄を本件信用状記載の二五九万八六二〇フランスフランとしたのではいかにも高額に過ぎ、不審に思われるのではないかと危惧する一方、その後の銀行決済に際しては右金額に合致していなければならないため、輸出報告書の金額欄を故意に末尾一文字分の余白を開けて金額を一〇分の一に減縮した二五万九八六二フランスフランとして記載し、後日右余白に○の数字を記入できるようにした。また、青柳は、船積依頼書の作成に当たり、船会社が作成する船荷証券に品名をビデオカセットテープと記載せしめる必要上、右船荷証券作成の基礎資料であるドックレシートにも品名をビデオカセットテープと記載せしめる必要があったが、自らの実務経験上、乙仲業者は、荷送人の作成した船積依頼書どおりにドックレシートを作成することを知っていたため、品名を船積依頼書にはカートンボックスと記載せず、ビデオカセットテープと記載した。

4  青柳は、船積期限の同年四月二八日出港予定のベンライン所有のシティ・オブ・エジンバラ号に貨物を船積みすることとし、同月二一日、ベンライン日本支社に電話をし、同社運航業務部長兼海務部長の訴外相川康明に対し、カートンボックス、すなわちビデオカセットテープの空箱の船腹を申し込むとともに、右相川から乙仲業者である被告を紹介された。そこで、青柳は、被告へ電話をし、田中に対し、貨物は空箱であると説明をしたうえ、通関手続及び船積手続を依頼し、了解を得た(フレックス工販が被告に商品の通関及び船積手続を依頼したことは当事者間に争いがない。)。

5  青柳は、フレックス工販株式会社植村貞利と記載した名刺を持って、同月二三日、田中に対し、作成済みの輸出報告書、商業送り状、包装明細書及び船積依頼書を渡し、通関手続を依頼したが、その際、田中からカートンボックスの意味を尋ねられたため、ビデオカセットテープ用のケースであると答えるとともに、ドックレシートには、船積依頼書のとおり記載するよう依頼した。

6  右同日、フレックス工販の貨物が保税上屋である被告の東京フレイトセンターに搬入され(同日貨物が関係書類とともに被告の倉庫に搬入されたことは当事者間に争いがない。)、田中は、搬入票を作成し、梱包されたダンボール箱を開けたわけではないが、青柳から聞いたとおり、品名欄にビデオテープボックスと記載した。

右フレックス工販の貨物は、日本貨物検数協会の検数員による貨物の検数及び日本海事検定協会の検量員による検量を受けたが、この間、田中は、青柳から渡された輸出報告書、商業送り状及び包装明細書に不備な点がないか否かを点検し、被告東京支社通関課へ右書類をまわした。ところで、田中は、右書類点検の際、輸出報告書の建値及び総価格欄が「CIF ANTWERP F.FR. 259862 .――」とタイプされ、商業送り状の記載と異なり、単位をとるコンマが打たれておらず、しかも、数字の末尾に一文字分の余白があり、そのあとにピリオドがうたれていることを発見し、これでは右余白部分に後で数字が勝手に書き込まれる危険性があるので、普通なら必ず訂正するのに、どうしてフレックス工販は訂正しなかったのかとの疑念を抱いたが、このままでも通関に支障がないと判断し、そのまま東京支社へ送付した。

同通関課は、同月二四日、東京税関大井出張所に税関申告の手続をし、輸出許可を得ると、田中に対し、輸出許可書と買取用の輸出報告書を送付した。

7  田中は、右手続終了後、同月二五日、輸出許可書、商業送り状、包装明細書、検数票、メジャーリスト及び船積依頼書により、ドックレシート及びコンテナ積荷明細書の作成にとりかかったが、船積依頼書をもとにドックレシートを作成するに当たり、船積依頼書記載の品名がカートンボックスであると思っていたところ、ビデオカセットテープとあり、単なるカートンボックスではないように思われたが、品名の完全な意味がわからなかったこと、青柳から船積依頼書記載のとおりタイプして欲しいと言われていたこと、フレックス工販がドックレシートを送付する先のベンラインの客であると思ったことから、ドックレシートには、船積依頼書記載の品名をタイプしておき、船荷証券作成上の品名はベンラインに任せることにして、船積依頼書記載の品名をそのままタイプした(田中がフレックス工販の指示で船積依頼書記載のとおり商品をビデオカセットテープとするドックレシートを作成したことは当事者間に争いがない。)。

8  ベンラインは、右同日、被告からドックレシート及びコンテナ積荷明細書を受け取り、これらの書類を同社輸出業務課課長代理の訴外佐藤道広(以下「佐藤」という。)が審査し、船荷証券を作成したが、その際、コンテナ積荷明細書にはカートンボックス、ドックレシートにはビデオカセットテープと異なった品名の記載がなされていたため、佐藤が田中に問い合わせたところ、田中の返事は、コンテナ積みをしたのは空箱に違いないが、荷送人のフレックス工販からドックレシートには船積依頼書のとおりタイプして欲しいと言われたため、そのようにした、とのことであった。そこで、佐藤は、更に実貨物の確認のために輸出申告書をファックスで送らせたところ、輸出申告書には「カートンボックス(VTRテープパッケージ)」となっていた。したがって、本来ならコンテナ積荷明細書や輸出申告書のとおり品名をカートンボックスと記載した船荷証券を作成すべきであるのに、佐藤は、ドックレシートのとおり品名をビデオカセットテープとした船荷証券を作成した。

9  田中は、依頼された手続を終了したので、同月二六日ころ、フレックス工販に対し、船荷証券買取りに必要な輸出報告書、ドックレシートの写、コンテナ積荷明細書、メジャーリストを郵送した。

10  ベンラインは、同年五月一日、植村に対し、船荷証券を発行するとともに、フレックス工販から、カートンボックスとしての運賃を小切手で受領した。

11  一方、植村らは、当初の計画通り、本件信用状の条件に合致するよう各書類の改ざんにとりかかることになったが、青柳は、右同日ころ、東京商工会議所から原産地証明書を入手するために、原産地証明申請書及び商業送り状を、また、銀行取立用の商業送り状及び包装明細書を、それぞれ本件信用状の条件に合致するよう作成した。また、青柳は、豊島区池袋中央クリーンエンドに対し、本件信用状の条件に合致した保険の申込みをし、保険証券を取得した。

更に、同年五月一日ころ、青柳らは、荷為替手形、信用状付荷為替手形買取依頼書、T・D・Kの社名入りの製造証明書の作成、船荷証券の重量の改ざん、輸出報告書の品名の追加及び金額の改ざんをした。すなわち、船荷証券の重量は、砂消しゴムで数字を抹消したうえ、四〇フィートのコンテナ(五九九カートン入りのもの)については四一九三キログラムから二万五一五三キログラムへ、二〇フィートのコンテナ(二三五カートン入りのもの)については一六四三キログラムから九八四四キログラムへと、ビデオカセットテープの空箱のみの重量からビデオカセットテープの重量へ相応した数字をタイプで打った。また、輸出報告書については、商品明細欄の「CARTON BOX」の頭の部分に「VIDEO CASSETTE TAPES IN」とタイプで記入するとともに、建値及び総価額の金額欄の数字の末尾に予定どおり○の数字をタイプで打ち込んだ。

12  植村は、同年五月二日、改ざんした書類を持参のうえ、東京銀行浅草支店に赴き、同支店外国為替課に信用状付船積書類引換払の取立依頼をし、これを受けて同課は、荷為替手形、商業送り状、包装明細書、船荷証券、原産地証明書、製造証明書、保険証券及び輸出報告書が本件信用状の条件と合致するか否かを審査した。輸出報告書は、本件信用状の条件とはなっていないが、貿易管理令に基づいて提出を要することになっていた。右審査の結果、いずれも本件信用状の条件と合致していたため、同支店外国為替課は、東京銀行外為センターに右各書類を送付した。

ところで、本件取引については、同銀行がフレックス工販とは初取引であり、しかも、金額が多額であったため、買取扱いをせずに、取立受任としたが、同銀行内部の書類には、「厳重チェック願度」と記載し、本件信用状の条件どおり必要書類がそろっているかどうか、書類の内容に不審な点がないかどうかという観点から、専門の外国為替課や外為センターに審査が依頼されたのであったが、外為センターも条件に合致したものと認め、右書類を同年五月四日と同月一一日と二回に分けて、本件信用状の経由銀行であり発行銀行であるパリバス銀行に取立てのために発送した。

13  その結果、パリバス銀行も条件に合致した真正な書類と認め、東京銀行浅草支店との間で本件信用状が決済となり、同年五月二二日、パリバス銀行から東京銀行外為センターを経由し、東京銀行浅草支店に二五九万八六二〇フランスフランの入金があったため、同支店は、右円貨代わり金七〇六五万六四七七円をフレックス工販に支払った。

これに先立ち、原告は、同月一三日、ソシエテ・ジェネラル銀行に、船荷証券等の船積書類と引き換えに、本件信用状の額面金額である三九六万二〇〇〇フランスフランを決済した。

14  しかし、同年四月二八日にシティ・オブ・エジンバラ号に船積みされ、原告が同年六月二五日ころ手にしたものは、契約目的物である本件ビデオカセットテープ一〇万本ではなく、ビデオカセットテープの空箱にすぎなかった。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

二  そこで、田中が実貨物と異なった品名を記載したドックレシートを作成した行為及び輸出報告書の金額欄記載につきフレックス工販に釈明を求めず右輸出報告書を税関に提出した行為が原告の被った前記損害と因果関係があるか否かを検討する。

1  まず、田中が実貨物をビデオカセットテープの空箱であることを知りながら、フレックス工販が作成した船積依頼書記載のとおり品名をビデオカセットテープと記載したドックレシートを作成した行為と原告の損害との因果関係について検討するに、原告の損害は、本件信用状の決済がなされなかったならば生じなかったものであるから、結局本件信用状の条件に合致した書類が銀行に提出され、決済がなされたことに起因するというべきであるが、先に認定したとおり、本件信用状の決済に必要とされる書類は、商業送り状、原産地証明書、保険証券、包装明細書、船荷証券及び製造証明書であり、ドックレシートはこれに含まれていない。

しかしながら、《証拠省略》によれば、ドックレシートとは、船会社が荷送人から貨物を受け取ったこと及びその際の貨物の状態を証する書類であり、乙仲業者に交付される「正」、船荷証券作成時の原稿(B/Lマスター)にするもののほか、船会社、税関及びCYオペレーター(船会社の代理人)のコンピューター処理用の「写」などからなるワン・ライティング書式となって、同時に作成できるように仕組んであるものもあること、ドックレシート及び船荷証券の発行者は、本来船会社であるが、事務を円滑に処理するために、実務では、一般に、船会社が乙仲業者に対し、ドックレシート及び船荷証券の作成業務を委託しており、乙仲業者により作成されていることが認められ、右事実によれば、実務の運用は、乙仲業者のドックレシート作成行為が、まさに船荷証券作成の基礎になるとの関係があるということができ、もし乙仲業者が信用状の条件に合致しないドックレシートを作成すれば、そのとおりの記載が船荷証券にもなされ、ひいては同船荷証券の記載が信用状の条件に合致しないとの理由で信用状決済がなされないであろうことは容易に推認されるから、輸入者が契約目的物を入手することができなかったにもかかわらず信用状決済がなされたことによって被った損害は、乙仲業者が虚偽の品名を記載したドックレシートを作成した行為と相当因果関係を有すると解するのが相当である。

なお、《証拠省略》中には、船会社は、ドックレシート、コンテナ積荷明細書、輸出許可書と照合のうえ船荷証券を発行する、との記載部分があるが、これも、先に認定した実務慣行によれば、乙仲業者がドックレシートとともに作成した船荷証券に船会社が発行権者として署名するとの趣旨にも解されるし、いずれにしても船荷証券の発行にはドックレシートが一つの基礎資料となることは明らかであるから、右判断に消長を来たすものではない。

しかしながら、本件においては、《証拠省略》により認められるとおり、船会社であるベンラインは、前記ワン・ライティング書式を使用しておらず、ベンラインが自ら船荷証券を作成しているところ、本件船荷証券を作成した佐藤は、被告からコンテナ積荷明細書、ドックレシートを受け取り船荷証券の作成にとりかかった際、ドックレシートにはビデオカセットテープ、コンテナ積荷明細書にはカートンボックスと異なった品名の記載があったため、田中に確認すると、貨物は空箱に違いないとの返事であったこと、また、佐藤は、実貨物の確認のために被告から輸出申告書をファックスで送らせ、輸出申告書の品名がカートンボックスと記載されていることを確認したこと、したがって、本来なら佐藤は、ドックレシートの記載にもかかわらず、カートンボックスを品名とする船荷証券を発行すべきであることは先に認定したとおりであって、そうしてみると、佐藤としては、田中が作成したドックレシートの記載にかかわらず、実際の貨物名を表示した船荷証券を発行することができたというべきであるから、田中が実際の貨物と異なった品名を記載したドックレシートを作成した行為は、爾後の佐藤の右行為によって、原告の被った損害と因果関係を欠くに至ったと解するのが相当である。

2  次に、田中が、金額欄の数字の末尾に一文字分の余白があり、かつ、慣例上付されるべきコンマが付されていない輸出報告書をフレックス工販から受け取りながら、同社に訂正させることなく、そのまま税関に提出した行為と原告の損害その因果関係について検討する。

まず、本件の場合に、田中には、右のような輸出報告書を作成者から受け取ったときに、同作成者に右金額欄を訂正させる義務があるか否かが問題となる。

按ずるに、乙仲業者が輸出者に代わってする輸出申告手続は、税関に輸出申告書、輸出報告書、商業送り状及び包装明細書等の申告書類を提出する手続であるが、右手続において、乙仲業者が輸出者の作成した申告書類を点検するに当たり、税関の審査で当然問題となりうるような記載を認めた場合は格別、他の申告書類の記載と形式的に若干齟齬する記載を認めたからといって、当該記載自体に誤りがなく、記載上の齟齬が同一性の範囲内であることが記載から明らかである場合にまで、その記載を輸出者に訂正させる義務は負わないというべきである。

してみれば、本件において、申告書類の一つである輸出報告書の金額欄の記載は、数字の末尾に一文字分の余白があり、かつ、コンマが付されていない点で他の申告書類上の記載と齟齬し、不自然といえなくもないが、その数字の記載としては誤りがなく、他の申告書類の金額と一致しており、更に、田中が右輸出報告書を税関に提出した時点においては右のような記載を強く疑ってしかるべき事情はなかったことを考慮するならば、田中には、本件輸出報告書の金額欄の記載をフレックス工販に訂正させる義務はなかったものと解するのが相当である。

したがって、田中の右行為と原告の損害との間には因果関係がないというべきである。

三  よって、原告の請求は、その余を判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稲守孝夫 裁判官 木下徹信 飯塚宏)

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